面白いって何だろうって考え始めた男の末路
- 面白さの本質
面白さってのは端的に言うとギャップとか矛盾といった予測不能なものだと思います。
去年俺が一番笑ったのは「囲碁将棋ヴァンガードに次ぐ実力ゲー」って言葉です。これは何かって言うと、ラブクラフト・レターっていうゲームを4人ぐらいで遊んだ時の話。
前提として、このゲームは割と理不尽要素が多くてプレイが全く介在しない状況でも急に死ぬこともあります。まあ要は運要素も強いわけです。
そんなゲームを遊んでる時に突然出てきた怪文が「これは囲碁将棋ヴァンガードに次ぐ実力ゲーやからな」っていう言葉。
まず
①ラブクラフト・レターは流石に囲碁将棋に並ぶレベルの実力ゲーではない
ですし、ヴァンガードがしれっと囲碁将棋に並んでいる上に、これを遊んでいた時期のヴァンガードはいわゆるルアード全盛期で、
・先手取って
・ネヴァン引いて
・ファントム・ブラスター・ドラゴンにスペライして
・次ターンにルアードに乗って
・G2の相手を襲撃したら試合が終わっている
というゲームが跋扈していました。もはや先手のブン回りを押し付けるだけのじゃんけんに近いゲーム性だったと記憶しています。
まあ何を言いたいかというと
②ヴァンガードもさらっと囲碁将棋に並ぶレベルの実力ゲーであるように言ったけど流石に大嘘
という二つの矛盾が同時に襲ってきたためにクソほどツボに入りました。
人間は複数のものを同時に観測して、明らかに矛盾していることに気づくと脳がバグります。なので笑いを作るうえで大事なのは複数の矛盾を同時に詰め込むことだと思います。いわゆるカオスってやつですね。
そう考えると、いわゆる矛盾塊系のコラってかなり賢かったなあと。
大事なのは勢いだとか瞬間最大風速。去年末のM1グランプリなんかまさにそれだったと思います。俺もマヂカルラブリーには持っていかれました。あと個人的に好きなのは
これ。脳の理解が追い付くより先にネタを飛ばしてくる系は本当に強い。
人間には適応力があります。どれだけカオスなものを作っても、ゆっくり時間をかけると脳は慣れてしまいます。かつてのPPAPみたいに、流石にずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとおんなじネタだけ擦られると飽きるでしょ?ネタっていうぐらいなので賞味期限があって、時間が過ぎると劣化しちゃうもんなんです。PPAPが紅白歌合戦に出たときは正直ドン引きしました。本当に悪い意味で正気じゃない、センスを疑う。つまるところおもんなかった
ただ、たまーーーーーーーーーーーーにごく稀に使い古されたはずのネタを急に掘り出すと価値が生まれる場合があります。
アップロードに10年かかった動画なんていい例ですね。まあこれは”昔のテンプレ”を知ってると楽しめるタイプのネタっていう意味で、近年よく見る人気作品のリメイクやリマスターと本質は同じだと思ってます。
ネタは基本的には味が落ちないうちに楽しむのが板ですが、時間が経過し特定のネタが使われなくなると、その特定のネタは使われないという認識が無意識のうちに生まれます。そのタイミングで特定のネタを使うことで脳がバグって面白いと感じる。ってことなのかなーと思いました。
- まとめ
無理矢理まとめに入りますと、
笑いの本質は脳が瞬時に理解できないギャップや矛盾だと思ってます。
そいつらが同時に襲ってくると脳が理解キャパを超えてきてしまうので笑いが起きます。ただ時間が経ってくると脳がその状態に適応していくので、ネタを勢いよく畳みかけるというのは非常に有効ということです。
相手が想定していないところを突くっていうのは、いわば環境読みだとかメタ読みの考え方と同じです。
最初は異世界に転生して云々とかネトゲ世界で云々みたいな設定は斬新で魅力的だったかもしれないけど、粗製乱造が増えてくるともうええわ!ってなるでしょ?
そういうのはメタられる側、すなわち不利な側になったんです。とりあえず感覚でめざパ氷やれいとうビームを積まれていた時代の氷4倍弱点持ちと同じです。本当に弱い奴は強い奴のついでに狩られる。
なので、面白い人間になりたければ環境を読める人間になりましょう!以上です。
何書いてるんだ俺。